バイリンガルは認知症になりにくいって本当?脳科学と研究結果からわかること

「バイリンガルは認知症になりにくい」「外国語を勉強すると脳が若く保たれる」──こんな話を、一度は耳にしたことがあるかもしれません。
しかし実際のところ、これはどこまで本当なのでしょうか?単なる「勉強すればボケ防止になりますよ」というイメージだけで語られているわけではなく、近年の脳科学や認知症研究では、かなりはっきりとした傾向が報告されています。

本記事では、「バイリンガルは認知症になりにくい」という話の科学的根拠から、具体的な脳のメカニズム、そして今から始められる語学トレーニング方法まで、できるだけわかりやすく整理して解説します。
「もう若くないから今さら英語なんて…」と感じている方にも、中高年からの語学学習がいかに意味があるかが伝わるように構成しています。


1. バイリンガルは本当に認知症になりにくいのか?

結論から言うと、現在の研究結果を総合すると、

  • バイリンガルだからといって「絶対に認知症にならない」わけではない
  • しかし、認知症の発症が数年(4〜5年程度)遅れる傾向は多くの研究で確認されている

というのが、比較的しっかりした結論です。

つまり、「魔法の予防薬」ではありませんが、かなり強力な“ブレーキ”にはなりうる、というイメージが近いでしょう。特に、ほかの要因(運動・睡眠・食事など)と組み合わせることで、より大きな効果が期待できます。

ではなぜ、言語がそんなに脳に効くのか?その前に、そもそも「認知症」とは何なのか、簡単に整理しておきましょう。


2. 認知症とは何か ― どんな機能が落ちていくのか

認知症とは、記憶・判断力・言語能力・注意力など、日常生活に必要な“認知機能”が徐々に低下していく状態を指します。代表的なタイプとしては、

  • アルツハイマー型認知症
  • 血管性認知症(脳梗塞・脳出血などに関連)
  • レビー小体型認知症

などがあります。

認知症の原因は一つではなく、

  • 遺伝要因(家系的なリスク)
  • 生活習慣(運動不足、喫煙、過度な飲酒など)
  • 高血圧・糖尿病などの持病
  • 社会的孤立やストレス

といったさまざまな要因が絡み合っています。

その中で、語学が関わるのは「脳のネットワークをどれだけ豊かに保てるか」という部分です。言語を操るときには、

  • 言葉を理解する「理解のネットワーク」
  • 言葉を組み立てる「文法・構文のネットワーク」
  • 口や舌を動かして声に出す「運動のネットワーク」
  • 状況に応じて言葉を選び、不要な表現を抑える「実行機能」

など、脳のあちこちの領域が同時に動きます。この「多くの領域をまとめて動かす」ことが、認知症予防にとって非常に重要なポイントなのです。


3. 研究でわかってきた「バイリンガル効果」

「バイリンガルは認知症の発症が遅い」という話は、単なる噂ではなく、いくつもの研究結果に基づいています。ここでは代表的な傾向を、難しい専門用語はなるべく避けて紹介します。

  • カナダの研究:
    カナダでは、バイリンガルの認知症患者と、モノリンガル(単一言語話者)の認知症患者を比較したところ、バイリンガルの方が平均で約4〜5年、発症年齢が遅かったという結果が報告されています。
  • インドの研究:
    インドの大規模研究では、600人以上の認知症患者を分析した結果、バイリンガルの認知症発症年齢が平均4.5年ほど遅いというデータが示されています。

もちろん、これは「バイリンガルなら誰でも必ず発症が遅くなる」とまで言い切れるものではありません。教育年数、職業、生活習慣など、さまざまな要因が関わるため、研究結果の解釈には注意が必要です。

しかし複数の国・文化をまたいで似たような傾向が繰り返し見つかっていることから、「バイリンガルであることは、認知症の発症を遅らせる方向に働いている可能性が高い」と考えられています。


4. 脳科学①:バイリンガルの脳はどう違うのか

では、バイリンガルの脳の中では何が起きているのでしょうか。脳の活動を可視化するfMRI(機能的MRI)などの研究から、次のような特徴が示されています。

4-1. 常に「どの言語を使うか」を選び続けている

バイリンガルは、頭の中に2つ以上の言語システムを持っています。たとえ片方しか話していないときでも、使わない言語は完全にオフになるわけではなく、うっすらと“待機状態”で存在していると考えられています。

そのため、

  • 今の状況ではどの言語を使うべきか?
  • この人には日本語?英語?
  • 出てきてしまった単語を「違う言語の単語だ」と抑える

といった選択と抑制のコントロールを、無意識のうちに行っています。

これは、脳の中でも前頭前野(前頭葉の前の部分)にある「実行機能」と呼ばれる領域を強く使う作業です。この実行機能こそが、注意の切り替え・衝動の抑制・タスク管理など、認知症で低下しやすい機能と深く関わっています。

4-2. タスク切り替えの「筋肉」が鍛えられる

言語を切り替えるとき、バイリンガルの脳は、

  • 不要な言語の抑制
  • 必要な言語の活性化
  • 相手の反応に応じた瞬時の調整

といった“マルチタスク”を高速でこなしています。

これは、コンピュータで言えば、 「余計なアプリを終了させつつ、必要なアプリだけCPUリソースを集中させる」 ような作業です。こうした負荷の高い処理を日常的に行うことで、タスク切り替えの能力や注意のコントロール力が鍛えられると考えられています。


5. 脳科学②:認知予備力(Cognitive Reserve)という考え方

認知症研究で重要なキーワードの一つに、「認知予備力(Cognitive Reserve)」という概念があります。

認知予備力とは、

脳がダメージを受けても、別のネットワークやルートを使って機能を補う「脳の予備能力」

のようなイメージです。

教育年数が長い人、知的な仕事や趣味(読書・楽器・将棋・研究など)に長く携わってきた人ほど、この認知予備力が高いとされます。そして、バイリンガルもこの認知予備力を高める要因の一つに数えられています。

ポイントは、

  • 脳に病変(変性や萎縮)があっても、症状として現れるのが遅くなる
  • 別の神経回路を動員して、ある程度までカバーできる

という点です。

バイリンガルは、複数言語を扱う過程で、

  • 言語処理ネットワーク
  • 実行機能ネットワーク
  • 記憶ネットワーク

を繰り返し強化しているため、脳内の「迂回路」が増えると考えるとわかりやすいでしょう。高速道路が一本しかないよりも、一般道や抜け道が多いほうが渋滞に強いのと似ています。


6. シングルリンガルとの比較:何がどう違うのか

では、「一つの言語だけを話す人」と「複数の言語を話す人」では、何が違うのでしょうか。研究で指摘されている主なポイントを挙げてみます。

  • 注意の切り替え能力:
    バイリンガルは、2つの言語間で注意を切り替える癖がついているため、一般的なタスク切り替えテストでも成績がよい傾向があります。
  • 不要情報の抑制:
    「今は日本語だけ」「今は英語だけ」と不要な言語を抑える訓練をしているため、雑音を無視したり、必要な情報だけを拾ったりする能力が高まりやすいとされます。
  • ワーキングメモリ:
    複数言語で考えることが増えるため、短時間に多くの情報を保持・操作する「ワーキングメモリ」が鍛えられます。
  • 意味ネットワークの豊かさ:
    一つの概念に対して複数の表現を持つ(例:「楽しい」「fun」「enjoyable」など)ため、意味のネットワークがより多層的に発達すると考えられています。

こうした違いが積み重なることで、認知症の「出始め」を遅らせる効果が期待されるわけです。


7. 語学はどのくらい効果がある?ほかの生活習慣との比較

認知症予防としてよく挙げられるのは、次のような要素です。

  • 定期的な有酸素運動
  • バランスの良い食事
  • 十分な睡眠
  • 社会的なつながり(会話・地域活動など)
  • 知的活動(読書、パズル、将棋、音楽、語学など)

このうち語学は、知的活動の中でもかなり負荷が高く、広範囲の脳領域を使う「高強度トレーニング」だと言われます。

読書やパズルももちろん有効ですが、「聞く」「考える」「話す」「覚える」「切り替える」を同時に行う語学は、それらを一体化したトレーニングに近い性質を持っています。

理想的なのは、

  • 運動習慣+語学学習
  • 社会的な会話(家族・友人)+語学学習

のように、複数の要素を組み合わせることです。たとえば「英語サークルに通う」「オンライン英会話で毎日話す」などは、それだけで「運動以外のほぼ全ての重要要素」をカバーしていると言ってもよいでしょう。


8. 今から始めても遅くない?年齢とバイリンガル効果

語学の話になると、よく出てくるのが、

「子どもの頃からやっていないと意味がないのでは?」

という疑問です。

発音やネイティブレベルの流暢さを目指すなら、確かに子どもの頃からの学習が有利です。しかし、認知症予防という観点では「今から始めても十分に意味がある」と考えられています。

大人や中高年から語学を始めても、

  • 新しい単語や表現を覚える
  • 聞き取って理解する
  • 日本語から切り替えて話す

といった過程を通して、脳に新しいネットワークが作られていきます。
実際、中年以降に第二言語を学び始めた人でも、認知機能低下がゆるやかだったという報告もあります。

大切なのは、

  • 「正しく話せるかどうか」より「脳をちゃんと使っているか」
  • 完璧を目指すより、日々の小さな刺激を続けること

です。多少の間違いはむしろ「考え直す」「言い換える」という追加の思考を生むため、脳にはプラスに働きます。


9. どの言語でも効果はある?英語だけで大丈夫?

「英語じゃないと意味ないの?」という質問もよくありますが、基本的にはどの言語でもOKです。
脳科学的には、「日本語+英語」「日本語+中国語」「日本語+韓国語」など、組み合わせによって多少特徴は変わりますが、複数言語を使っていれば、認知症予防の観点では十分に意味があると考えられます。

むしろ、日本語と英語のように、

  • 語順が違う
  • 文字体系が違う
  • 発音のルールが違う

といった「脳にとって負荷の大きい組み合わせ」は、トレーニング効果が高い可能性もあります。

また、海外文化に興味がある場合は、その国の言語を学ぶことで、

  • ニュースや書籍を現地の言語で読める
  • 旅行の楽しさが倍増する
  • 現地の人と直接交流できる

という「人生の楽しみ」そのものも増えるため、メンタルヘルスや生活の質の向上にもつながります。


10. 今日からできる「バイリンガル脳」を鍛える語学トレーニング

ここからは、具体的に「脳トレとしての語学」を意識した学習法をいくつか紹介します。レベル別に応用できるので、自分に合ったものから試してみてください。

10-1. シャドーイング:最強の脳トレ

シャドーイングとは、音声を聞きながら、ほとんど同時に声に出して真似するトレーニングです。
これは、

  • 聞き取る(リスニング)
  • 音を記憶に一瞬とどめる(ワーキングメモリ)
  • 発音する(運動機能)
  • 意味をざっくり追う(理解)

を同時に行うため、まさに「脳フル稼働」のトレーニングです。

初心者のうちは、

  • 短くて簡単なフレーズ
  • スクリプト(文字起こし)がある音声

からスタートし、慣れてきたら少しずつスピードや難易度を上げていきましょう。

10-2. 「日本語→英語/英語→日本語」の切り替え練習

認知症予防の観点から見ると、「言語を切り替える動作」自体が非常に重要です。たとえば、

  • 英語ニュースを読み、日本語で要約してみる
  • 日本語の出来事を、簡単な英語で説明してみる

だけでも、脳の中では「スイッチの切り替え」が頻繁に行われます。

完璧な英語にする必要はまったくありません。
「うまく言えないな…」と考え直すプロセスこそが、脳に負荷をかけてくれます。

10-3. 音読・読み上げ

音読も、驚くほど脳に効くトレーニングです。
英文を目で追いながら声に出して読むことで、

  • 視覚(文字)
  • 聴覚(自分の声)
  • 運動(口や舌)
  • 意味理解

が同時に動きます。

短いニュースやスクリプトを毎日5〜10分音読するだけでも、前頭前野の「実行機能」を刺激する良いトレーニングになります。

10-4. 瞬間英作文で「考える英語」を鍛える

日本語で短い文を見て、瞬時に英語で言い換える「瞬間英作文」も、認知症予防の観点から見るととても優秀なトレーニングです。

たとえば、

  • 「私は毎朝コーヒーを飲みます」→ “I drink coffee every morning.”
  • 「昨日は雨でした」→ “It was rainy yesterday.”

のように、シンプルな文をテンポよく英語にしていくことで、

  • 日本語の抑制
  • 英語への切り替え
  • 文法と語順の組み立て

を一気に行うことになります。これもまた、脳の実行機能をガッツリ使う作業です。


11. 中級〜上級者向け:「バイリンガル脳」を維持する習慣

すでに英語や他の言語をある程度使える方は、その能力を「眠らせないこと」が大切です。以下のような習慣を取り入れると、バイリンガル効果を維持しやすくなります。

  • ニュースを2言語で読む:日本語ニュースと英語ニュースで同じトピックを追い、表現の違いを楽しむ。
  • 2言語日記:1行は日本語、次の1行は英語といった形で日記を書く。
  • 英英辞書を使う:英語を英語で理解しようとすることで、言語ネットワークをさらに強化する。
  • オンライン英会話・外国人とのチャット:実際のコミュニケーションは、最も総合的な脳トレになる。

ポイントは、「ときどきやる」ではなく「少しでいいから日常に組み込む」ことです。
毎日5〜10分でも、継続していれば脳への刺激は蓄積していきます。


12. よくある疑問・誤解 Q&A

Q1. 語学をやっていれば、認知症にはならない? A. 「ならない」わけではありません。
語学はあくまで「リスクを下げる要素の一つ」「発症を遅らせる可能性の高い要因」です。遺伝や生活習慣など、多くの要因が絡みます。 Q2. 昔はバイリンガルだったが、今はほとんど使っていない。それでも効果はある? A. 若いころの蓄積がゼロになるわけではありませんが、使わなければ効果は薄れていきます。
認知症予防として考えるなら、今からでも再び使い始めることをおすすめします。 Q3. どのレベルまで行けば効果がある? A. ネイティブのような完璧さは不要です。
簡単な日常会話やニュースがなんとか理解できるレベルでも、脳は十分に鍛えられます。 Q4. 単語の暗記だけでも意味はある? A. 単語暗記も記憶のトレーニングとして意味はありますが、「聞く・話す・読む・書く」を組み合わせたほうが、より広い脳領域が動きます。
暗記だけに偏らないよう、音読やシャドーイングも組み合わせるのがおすすめです。 Q5. AI翻訳がこれだけ発達しているのに、語学を学ぶ意味は? A. 実務上はAI翻訳で多くのことが済む時代になりつつあります。しかし、「自分の脳を使って理解し、表現する」行為そのものが、認知症予防・脳の若返りにとって非常に価値があるのです。
つまり、「機械に任せればよい」だからこそ、「あえて自分の脳でやる」ことに意味があると言えます。


13. まとめ:語学は「一生使える認知症予防法」

本記事のポイントをあらためて整理すると、次のようになります。

  • バイリンガルは、認知症の発症が数年遅くなる傾向が、多くの研究で報告されている。
  • その理由は、
    • 言語切り替えによる「実行機能」のトレーニング
    • 複数言語によって神経ネットワークが豊かになり、「認知予備力」が増える
    といった脳のメカニズムにある。
  • 語学は、読書やパズル以上に多くの脳領域を総動員する「高強度の頭の運動」である。
  • 中高年から始めても遅くはない。完璧な英語ではなく、「脳を使うこと」が何より重要。
  • シャドーイング・音読・瞬間英作文・2言語日記などを組み合わせると、「バイリンガル脳」を日常的に鍛えられる。

認知症は、誰にとっても他人事ではありません。
しかし、「怖いから何もしない」のではなく、今日からできる小さな習慣で、将来のリスクを少しずつ減らしていくことはできます。

その一つとして、「1日10分、英語や他の外国語に触れてみる」という習慣を取り入れてみてはいかがでしょうか。
語学学習は、資格や仕事のためだけでなく、自分の脳と人生を豊かにする投資でもあります。
いまページを閉じたあと、そのままスマホで英語の音声を再生してみる。そんな小さな一歩からでも、未来の自分の脳はきっと喜んでくれるはずです。

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